日本ソーシャル・イノベーション学会は、9月15日・16日に2024年度の第6回年次大会を開催いたします。今年度も多くの皆様から研究や実践に関する発表が寄せられ、充実した内容となっています。
「A:研究・実践発表」では、ソーシャル・イノベーションに関連する理論的および実証的な研究、または事例研究についての発表が行われます。事前に提出された「報告要旨(500字程度)」に基づき、厳正な審査の結果、18件の論文が採択されました。発表者は、当日に向けて「報告論文(5,000~10,000字程度)」を提出し、9月16日に会場でのプレゼンテーション(発表20分、質疑10分)を行います。
このページでは、採択された発表概要を以下に列挙いたします。是非ご覧ください。
綾織秀人(宇治市役所人事課)
イノベーションの普及に関しては昨今様々な業界で注目されている。近年の教育業界において、タブレット等のICT機器を用いた端末、校務のICT化により、様々な分野でイノベーションが引き起こった。しかし、都道府県単位での教育のICT化の現状は、データがとても少ないうえ、各校でどれほどまでにイノベーションが浸透しているのか、またイノベーションの阻害要因はあるのだろうかという点に関しては、良く分かっていない部分が多い。清水康敬(やすたか)、山本朋宏(ともひろ)、堀田龍也(たつや)、小泉力一(りきいち)、吉井亜沙(2007)らの調査データの手法を活かして、京都府における公立学校での教育のICT化というイノベーションにおける、その浸透レベルや問題点等を把握し、今後の京都府の教育業界が直面すると考えられる課題を浮き彫りにすることを目的とし、調査を行った。
また、2019年の調査データを著者の修士論文である綾織(2019)「教育現場におけるICT導入において示される期待と課題-京都府公立学校を例に-」を基にした。そして、2024年のデータは、綾織(2019)と同様のヒアリング調査においてこれを調査した。
松榮秀士(日本ソーシャル・イノベーション学会学会員)
日本は2008年をピークに人口減少に転じ、2050年には1億人を下回るという試算がなされている。また、高齢化率も高くなっている。さらに、国際化はますます進み訪日外国人の割合は増している。そういった社会の中で、現役世代である期間は長くなり、今後新たな価値観を獲得しうる環境と生涯学習ができる機会を得て、社会の変化を学び、常に考えをアップデートできることが必要不可欠な時代となってきた。
このような時代にあたって、様々な学校法人では生涯学習のための機会の提供を初めている。しかしながら日本での25歳以上の進学率は諸外国の入学割合が平均20%であると比較し、2%と相当に低い状況であると言わざるをえない。 このような現状に対して、生涯学習を促進するための新たな教育方法や環境の提供が求められている。特に、新たな学びの場や方法を模索し創出することが重要となる。
そこで本稿では、デンマークのフォルケホイスコーレを参考に、無償の民間学校を作る社会実験を行い、新たな学びの場としてどのように機能するのかを検討していく。2024年4月15日から6月末日までを第一タームとして取り組む社会実験を開始したところ、12講座が開講され、25名が学生として履修している。 この社会実験での取り組みは、拠点があれば可能となるため、廃校となった学校など、地域の拠点の再利用のソフトとしての可能性も考えられる。
飯塚宜子(京都大学 東南アジア地域研究研究所)
教育の分野に人工知能が取り入れられることにより、知識の「外部化」がすすみ、「学ぶとは外部化された知識を取得するもの」という教育観がますます広がる懸念がある。教育現場では、人間は「取替がきかない存在」であることをお題目のように述べるだけではなく、そのような存在として扱う「教育方法」が必要である。
知識は統一出来るが、感じることは統一できない。感じるということが「人間が人間で、私が私である」という根拠でもあり、身体性の土台でもある。人類学の分野では、生きているとは、「ネットワーク」というより、クモが自ら出す糸が自らの一部でもあるようなメッシュワークの「関係論的」な営みであるという議論がある。関係論的存在として環境のただなかに身体を置き、世界を「内側から知る」方法の一つが人類学的なフィールドワークである。 私たちの実践研究グループでは、人類学者や俳優らが協働し、ある地域の社会環境を教室のなかに再現し、学習者が各々の身体性や感覚に基づいて演劇手法も取り入れながら学ぶという実践を続けている。ソーシャル・イノベーションとして、人工知能は人類学的学びに如何に影響し得るのか、その効果的利用開発が可能かなどの考察と議論を深めたい。
中島恵理(同志社大学政策学部・総合政策科学研究科)
持続可能な地域づくりを進めるためには、地域で活動する者を見える化し、関係者をつなげていくことがソーシャル・イノベーションを生み出す出発点になると考えられる。長野県諏訪郡富士見町では、新型コロナウイルス禍の中で直接的な交流の機会が極減した中において、ITツールを活用して地域活動のエコシステム形成を促すため、地域の活動を見える化し、情報発信をするアプリ「やつリンク」が開発、運用されてきた。
やつリンクは市民グループが中心となって、ノーコードツールを活用して、地元の商工会やまちづくり団体の活動と有機的な連携しながら、アジャイル方式で段階的に開発・運用されてきた。開発から約2年を経た現在では多様な団体等に活用される情報ツールとして普及、定着している。また、やつリンクの運営団体は、アプリの開発の経験を生かしたノーコードアプリ教室やプログラミング教室の開催による地域のIT人材の育成やNPO法人のIT化支援などアプリ開発に留まらないITを活用した地域づくり活動へと発展を遂げている。
やつリンクの運営メンバーとして当初から関わってきた筆者の参与観察による開発、運用のプロセス、やつリンクを通じて生み出された活動等に係る分析を通じて、ソーシャル・イノベーション研究における市民主体のITツール活用の可能性を論じる。
①やつリンクの開発、運用、普及を可能にしたプロセス
②やつリンクの運営を担った者に与えた変化
等をインフルエンスマップ等のシステミックデザインの手法を参考に分析を行い、アプリを通じたソーシャル・イノベーションのプロセスを明らかにする。
山内富美(同志社大学)
本報告では、福岡市における地域活性化事業の先駆的な取り組みを紹介する。筆者は現地視察や関連機関、事業担当者へのヒアリングを通じて、「アート」を政策資源として活用する手法やそのメカニズムについて考察した。
福岡市は「まちをアートで包む」というビジョンのもと、アートを中核に据えて社会構造を再編する試みを行っている。このアプローチは従来の文化行政の枠組みを超えており、その視点や発想、活用方法は非常に示唆に富む。具体的には、アーティストを単なる表現者としてではなく、市場の中にアクターとして組み入れ、経済活動や収益性と結びつけることで地域経済の活性化を図っている。
福岡市の事例では、アートをコミュニケーション手段として活用し、市民啓発や行政内の異業種間連携を促進している点が特に注目される。アートを介した市民との対話は、地域社会の理解と共感を深め、社会的結束を強化する効果がある。また、アーティストとのコラボレーションを通じて、行政と市民の距離を縮め、相互の信頼関係を構築することができる。
さらに、福岡市は地理的にアジア諸国と近接しており、多様な文化や価値観が交錯する地域である。この地理的特性を活かし、アートの社会的役割は多様性の包摂にも寄与している。異なる背景を持つ人々がアートを通じて交流し、互いの文化を尊重し合うことで、地域の多様性がさらに豊かになる。
成功要因としては、行政内に新たに所管部署を設置し、その部署の活動がメカニズムを有効に機能させていることが挙げられる。具体的には、アートに関する専門知識を持つ職員を配置し、継続的なプロジェクト運営を支える体制を整えることが重要である。また、担当職員の資質や能力も成功の鍵であり、彼らの柔軟な発想と実行力が、プロジェクトの成果を左右する。
最後に、福岡市の事例から得られた課題を指摘しつつ、他地域への応用可能性や提案点を議論する。たとえば、長期的な視点での持続可能な運営体制の構築や、社会参加する新しい回路をつくる仕組みづくりも重要である。すなわち、福岡市の成功事例を参考に、アートの社会的役割を理解して、他地域でもの取り組みが進展することが期待される。
三枝大祐(一般財団法人塩尻市振興公社(塩尻市役所))
本研究は、⻑野県塩尻市の支援を受け一般財団法人塩尻市振興公社が運営する、シビック・イノベーション拠点スナバが構築してきたナレッジや成功要因を分析することで、地域におけるイノベーション創出のプロセスを体系化することを目的とする。シビック・イノベーションとは「地域に住むあるいは関わる人が、生活者視点で感じた違和感や欲求を基軸に、自分自身が生きたい地域に向けて実施するアクションや、そこから生まれる持続的な事業」とスナバの運営チームが定義した言葉である。2018年にスタートしたスナバが生み出してきた成果やインパクトを明らかにし、それを可能にした要因を分析しながら、シビック・イノベーションが創発されるプロセスと中間支援組織に必要とされる要素を分析した。分析にあたって、内発的地域イノベーション・エコシステムの概念を先行研究として調査設計を行い、半構造的インタビューを実施した。インタビュー結果と併せて、筆者が立ち上げから現在まで運営に携わる中で得た体験知を含めた、必要要素やプロセスのモデル化を行った。 シビック・イノベーションの創発を通じて、地域課題などに取り組もうとする他地域にとって、本研究が貢献できれば幸いである。
鎌田華乃子(ピッツバーグ大学)
先行研究では、デモ、署名といった非制度的政治参加(抗議活動)を予測する個人レベルの要因が国を超えて多く特定されているが、国毎の差異は探求されていない。本研究では、抗議参加を予測するロジスティック回帰分析標準モデルを作り、日本、韓国、台湾、アメリカ、ドイツの5カ国を対象に国毎に標準モデルを用いて分析した。その結果、これらの国々の間で抗議活動参加の予測因子に有意な違いがあることが明らかになったが、市民社会への関与と政治への関心、討論が国を超えて一貫して強い影響を与えることが確認された。日本は他の国と比較して著しく異なる点が確認された。日本では、回答者の約20%が「今までデモに参加したかどうかわからない」と答えており、これは他の国ではほとんど見られない回答である。抗議参加の個人差を説明する標準モデルは日本ではうまく機能せず、他の国よりも統計的に有意な予測因子がかなり少なかった。これらの結果は、日本の特異性を示唆するようにも受け取れるが、多項回帰分析(multinomial regression)を行ったところ、標準モデルが将来抗議に参加する可能性があると答えるかどうかを予測するのに適していることが明らかになった。最後に、本研究は、日本では政治への関心が抗議活動参加を増加させるが、友人との政治討論は抗議活動参加を増加させないことを明らかにした。まとめると、政治討論が抗議参加を促進しないことと、多くの回答者が過去の抗議参加について曖昧さを表明していることから、日本社会の「抗議を避ける風潮」を示唆していると結論づけた。
西尾直樹(株式会社聴き綴り本舗)
谷口知弘(福知山公立大学)・嘉村賢州(NPO法人場とつながりラボhome’s vi)
2008年から5期7年継続した京都市未来まちづくり100人委員会(以下、100人委員会)。本研究は、この100人委員会のプロセスの振り返りと成果・課題の調査を通じて、ソーシャルイノベーションの観点で他地域において活用できる提言の作成を目指す。
100人委員会は、幅広い分野の市民の参加を得て、従来の行政の縦割りを排し、今後のまちづくりの方向性や具体的な取組方策について、白紙の段階から議論する「市民組織」として、平成20年9月に設立された。
【京都市未来まちづくり100人委員会コンセプト】
①市民自らがテーマを設定し、白紙の段階から議論する「市民主体の議論」!
②提言するだけではなく、自ら実践する「行動する委員会」!
③行動、実践をさらに議論に反映させる「進化する委員会」!
④公募・プロポーザルで選ばれたNPO等の市民活動団体による「市民主導の運営」!
実際の活動では、京都のまちづくりに関するテーマを市民自らの発想により提示して議論を重ね、5期を通じて、のべ700人以上の多様なセクターの京都市民が参画して実践や提言を行った。結果として、この100人委員会がきっかけでスタートした団体やプロジェクト、委員になったことで主体的にまちづくりに関わるようになった人たちが多数排出された。しかし当然のことながら、運営していく上での困難や、想定していたとおりにはいかなかったことも多くある。
市の正式な事業として、しっかり予算化されて取り組まれたものであるにも関わらず、これまで成果や課題、得られた知見を総合的にまとめられたレポートなどが作られてこなかった。昨年(2023年)でスタートから15年、もうすぐ終了からも10年となり、当時の関係者もそれぞれの現場で活躍を続けている。このタイミングで事例研究として調査・報告を行うことは、今後の地方自治体におけるソーシャルイノベーションにも重要な意義があると考えられる。
今回はまずその最初として、残っている資料や関係者へのヒアリング等を通じて、立ち上げ時期から、ある程度の仕組みが固まっていった1期にフォーカスをあてて振り返る。それらを通じて、地域のなかで白紙の状態から新しい枠組みを構築していく、「0→1」プロセスについての示唆を導き出すことを目指す。
鈴木暁子(京都府立大学)
1990年の改正入管法施行から30年以上が経過し、外国人住民の定住化や家族形成が進み、その第二世代が日本で育ち、成長しているが、国レベルでは義務教育へのアクセスや日本語教育の環境整備といった制度的インフラが圧倒的に脆弱な状況にある。こうした状況で地域コミュニティレベルでは、市民活動組織や地域の諸団体等のネットワークによる課題解決に向けた実践がなされている。
本報告の目的は、こうしたネットワークによる課題解決がよりよく機能する条件とはいかなるものか、政治学や政策学で用いられるネットワークガバナンスの分析枠組みを使って検討することである。具体的には、アクター間の関係性と相互作用に着目し、こうした相互作用を適切に働かせるためのガバナンスの作動要件を地域コミュニティでの実践事例から説明し、分析枠組みを構築する。
リサーチクエスチョンとして「大阪市西淀川区、島根県出雲市、富山県射水市の3つの地域では、なぜ、外国にルーツを持つ子どもの支援プロジェクトが成立し、継続しているのか」という問いを立てた。そして、理論仮説として(1)アクター間での協働がすでに成立している(2)地域に政策ネットワークが成立している(3)地域で政策形成及び決定とその実施を担う一貫したガバナンスが作動しているという3点を設定した。
この理論仮説に応えるための作業仮説として(1)アクター(2)自主的な資源調達(3)共通の目標(4)水平的な関係構造(5)信頼の構築(6)規範の生成という6つの分析次元を設定して事例を検証する。さらに、協働、政策ネットワーク、政策決定と実施を担うガバナンスという3つの側面から、理論仮説を説明し、リサーチクエスチョンが働いているかどうか、考察する。
依田祐一(立命館大学 経営学部/大学院経営学研究科)
炭素クレジットは、負の外部性を内部化する有効な手法とされ、理論的には望ましい解決策であるが、実践には多くの課題が指摘される。本研究で注目するバイオ炭の炭素貯留は、炭素除去の有効な方法として2019年改訂版IPCCガイドラインにて認められたことを契機に、「バイオ炭の農地施用」が2020年9月に温室効果ガスの排出削減量を環境価値として取引が可能な「クレジット」として日本政府が認証する制度「J-クレジット」の対象となり、2022年6月には初のJ-クレジット創出が注目されている。海外においても、欧州を中心にボランタリー炭素クレジット市場が形成され、大規模な取引が始まっている。
本稿では、日本の公的な炭素クレジット制度であるJ-クレジットを中心とするビジネス・エコシステムと、欧州のボランタリー炭素クレジットであるEBC/WBCを中心とするビジネス・エコシステムを比較し、事例研究を行った。
結論として、バイオ炭による炭素貯留は、炭素除去および農地改良に加えて生物多様性への有効性を備えており、サプライチェーンのインセットやカーボンオフセットにより、国内の地方や新興国などで創出されたローカルな環境価値をグローバルに取引することが可能なビジネス・エコシステムの設計により、負の外部性を内部化する効果的な手段となる可能性を示す。また、実務的な貢献として、新たな炭素クレジット制度や国内、ASEAN地域等の他国における新たなビジネス・エコシステムを形成するための抽象的なモデルを提起する。
今後の課題は、抽象モデルの理論的根拠の追加と、従来よりも持続可能性が高い新たな炭素クレジット制度づくりおよびビジネス・エコシステムの社会実装である。
谷口浩二(武庫川女子大学)
現代のビジネス環境では、企業は経済的利益の追求だけでなく、気候変動、資源の枯渇、社会的不平等などの課題に対して積極的な貢献を求められている。このため、「Net Positive」という概念が注目されている。Net Positiveとは、企業が社会や環境に与えるポジティブな影響がネガティブな影響を上回る状態を指し、企業の持続可能性と社会的責任を統合するアプローチである。これを実現するためには、持続可能性に対する深い理解と実践力を持つ人材が不可欠だが、現在多くの企業でそのような人材が不足している。これを解決するためには、教育機関と企業が連携し、持続可能性教育を強化することが重要である。本研究の目的は、企業におけるNet Positive推進人材の育成を目指した産学連携教育の効果を評価することである。具体的には、企業のサステナビリティ担当者による講義と、アルコールハラスメントのない社会構築を目指した実践プログラムを通じて、大学生がNet Positiveの概念を理解し実践する能力を検証する。研究の意義は、産学連携を通じた持続可能性教育の強化、理論と実践の学習機会の提供、そして学生の社会的責任意識とリーダーシップ能力の育成にある。
由浪怜奈(Gg’s)
シャッター街に代表されるように、中小小売店は、大型スーパーやコンビニエンスストアの参入、インターネット販売の増加、店主の高齢化などを背景として減少を続けており、経済産業省の「商業統計表」によると、特に従業員4人以下の事業所において大きく減少している。しかし、従来の商店が担うのは流通機能だけに留まらず、地域コミュニティの活性化とも深く関わっており、近所付き合いの希薄化や地域活動の担い手不足を課題として抱える現代において、ますます重要な役割を果たすと考えられる。
「令和3年度 商店街実態調査報告書」によれば、商店街における問題の、1位が「経営者の高齢化による後継者問題」、3位が「集客力が高い・話題性のある店舗・業種が少ない又は無い」となっており、若い世代の新規事業者が参入し、大型店と共存して事業を継続していくために、顧客にとって魅力的な店舗をつくる必要性が考えられる。
本研究では、京都で振り売りを続ける小規模な八百屋の顧客を対象とし、購買動機についての調査を行った。SWOT分析の結果から作成した項目を用いて質問紙調査を行い、顧客が商品及び中小小売店に求める、価格や利便性以外の価値について分析する。
岡崎貴志(同志社大学大学院総合政策科学研究科)
元来、社会福祉法人は、公的な制度や予算がない中で、さまざまな地域生活課題や制度の狭間にある課題に向き合い、実践を積み重ねることにより、謂わば「ソーシャル・イノベーションの源泉」として、新たな制度を生み出してきた。
しかしながら、制度が成熟するにつれて、社会福祉法人は、制度内事業に終始し、他の法人に比べて税制上優遇されているにもかかわらず、新しい課題への対応に消極的であることが指摘され、2016年の制度改革により、「地域における公益的な取組」(以下、「地公取」)が法律上、責務化された。
他方で、国が地域共生社会の実現に向けて、社会福祉法人による「地公取」への期待が高まり、地域福祉計画に盛り込むべき事項として「地公取」も例示されている。
そこで、本研究では、責務化から8年が経過した「地公取」がどのような進展を見せているのか、具体的には、地域共生社会の実現に向けて、「地公取」の内容が地域福祉計画にどのような影響を与えているのかを、京都府内の26自治体の地域福祉計画をテキストマイニングの手法等を活用し、明らかにする。
分析の結果、各自治体の地域福祉計画において、「地公取」は、実施・普及に関する記述にとどまり、今後は、「地公取」を通じた地域ニーズの把握や新たな社会資源の創出等の機能を地域福祉計画へ反映させていく必要がある。
北田健二・李月(株式会社三葉)
株式会社三葉は、2018年に経済産業省から「新連携」事業として認定された「AIを活用した発達障がい児用検査・療育サービスの開発」プロジェクトを始動した。その目的は、言語に課題がある子供たちを対象に、正確な発語能力診断ができるシステムを開発し、家庭や離島等の遠隔地でも療育支援が可能なプラットフォームを提供することであった。背景には、発話障害の改善にはできるだけ早い段階での療育が必要であるにもかかわらず、実際は、判定を行う基準が不明確であり、医師・言語聴覚士も経験に頼ることが多いために早期の発話障害診断が困難な状況があった。このプロジェクトは、これまで約6年の歳月をかけて、三葉が運営する全国のCOMPASS発達支援センターに通う子供と保護者の協力を得て、4万点以上の音声データを収集し、その音声を画像化してスペクトログラム解析を行い、AIが機械学習できる段階にまで到達している。AIが学習した音声データの判定を行い、その判定と人よる判定とが十分に一致するようになれば、AIが発達障害児のための適切な療育とコミュニケーション支援を行う社会の到来も夢ではない。本発表は、このプロジェクトの意義、経緯、到達点、そして展望について報告するものである。
早川公(東京大学先端科学技術研究センター)
北村直也(株式会社ePARA)・三浦貴大(産業技術総合研究所)
本発表は、障害当事者自身が実践するスタートアップ事業の検討を通じて、社会包摂の実現の可能性について考察するものである。具体的には、株式会社ePARAが企画する事業「バリアフリーeスポーツスクール」を事例として、その意義と課題についてソーシャル・イノベーション論の観点から考える。
障害とソーシャル・イノベーション(SI)は遠く離れたものではない。例えば、1970年代に米国で車椅子当事者M.パチョバスとその友人が歩道の縁石にセメントを流し込んでスロープを作った政治的反抗活動は、現在「カーブカット効果」としてよく知られている。マイノリティによる/と共にする小さな変革的実践への注目は、SIの中心的アジェンダとも言える。
事例とする「バリアフリーeスポーツスクール」は、JR東日本グループとの連携事業である。この「スクール」では、JR東日本の駅構内にあるカフェ型のeスポーツ施設を舞台として、障害当事者が講師・コーチとなって主に健常者を対象に、eスポーツをレクチャーする。
発表では、当事者(北村)による事業内容および参加者へのアンケートの分析(三浦)を中心に、早川によるインタビュー・観察データを加えて可能性を検討する。
橋本俊之(京都文教大学臨床心理学部臨床心理学科)
ソーシャル・イノベーションにおいて、筆者の専門とする臨床心理学が寄与する観点とは何かを検討すると、中森(2014)の「不合理を活かすマネジメント」の概念が極めて役立つように考えられる。中森(2014)によると、長期的な企業経営において、合理的な思考だけではなく、不合理的なものが極めて役立つと考えられている。筆者は、臨床心理学の一つの学派である内観療法の専門家である。内観療法とは、浄土真宗の一派に伝わる精神修養法を、中小企業の経営者の吉本伊信(株式会社シンコール2代目社長)が改良した心理療法である。そのルーツを辿ると、大阪の船場を中心とした浄土真宗の文化的な背景があり、そこでは、“social”的な「合理性」に加えて、”individual”的な「信心」という不合理的な要素が重要視されていた。このような“social”的な「合理性」と”individual”的な「信心」を両立させるメカニズムこそ、大阪船場の浄土真宗的な文化が生んだ一つのイノベーションであろう。“social”と”individual”を両立する観点は、”individual”を重視する心理療法としての内観療法の臨床事例においても、”social”と”individual”をつなぐような形で見られており、現代的なソーシャル・イノベーションを検討する上で、重要な知見を与えてくれるのではないかと考えられる。本研究では、個別の事例研究法の手法を用いて、ある中小企業の社長(40代男性)が内観療法を受けた際の心理的過程を詳細に検討することにより、”social”と”individual”をつなぐような一つのソーシャル・イノベーションのメカニズムについて考えてみたい。
瀬上倫弘(横浜市立大学)
平尾剛之((特活)きょうとNPOセンター常務理事・統括責任者/(公財)日本非営利組織評価センター業務執行理事)
民間非営利組織(以下NPO)の組織評価の技術は、被評価組織のソーシャル・イノベーション(以下SI)に貢献するだけでなく、NPO組織評価それ自体がSIである。
NPO組織評価機関としては、CMW(Charity Monitoring Worldwide、旧ICFO:International Committee on Fundraising Organizations)が1958年にオランダで、NPO認証基準の設定と認証を行う民間国際機関として設立された。日本では、全国のNPOを評価対象とする日本非営利組織評価センター(JCNE)が、2016年4月に設立された。NPOの組織評価はあくまで手段ではあるが、被評価組織の信頼性と透明性を向上させ、社会から支援を受けるための適切な組織に体質の改善を促す。信頼できる組織を可視化させ、多様な支援者を創造する。SIを、社会課題を革新により解決するプロセスと捉えるならば、NPO組織評価は、NPOの社会における存在価値と信頼性の乖離という社会課題を、信頼醸成システムの開発と信頼を軸とする支援環境の構築により解決を図るプロセスであり、SIと言える。
本報告では、NPO組織評価システムの社会実装化に向け邁進するJCNEの事例研究を通じて、NPO組織評価の技術とSIの関係について考察する。
大岩翔葵(遊人)
本研究では、消費者の商品購入を促す手段としての謎解き広告の可能性を検討する。 謎解きとは、知識ではなくひらめきを用いて未知の問題を解き明かすゲームである。 知識を必要としないため、大人から子供まで誰でも取り組むことができる。 また、近年、謎解きコンテンツは株式会社SCRAPを筆頭に大きな盛り上がりを見せており、謎解きに対する消費者の認知度は増加傾向にある。 この謎解きを広告に活用することによって、消費者が受動的に広告メッセージを受け取るのではなく、能動的に獲得する仕組みを作ることができるため、獲得に対して大きなインパクトを与えることが期待できる。 また、広告メッセージをいきなり訴求するのではなく、まずは謎解きを表示することで広告メッセージへのアクセス数の増大が期待できる。 そこで以下2つの仮説を設定して実験を行い、謎解きが広告メッセージの獲得とアクセス数に対して与える影響を分析する。
《仮説1》謎解きを広告に用いることで、広告メッセージの魅力度はその獲得数に影響を与えない。
《仮説2》ネットでの商品販売において、広告メッセージを押し出した広告よりも謎解きを押し出して解答した人にだけ広告メッセージが表示される方が、広告メッセージへのアクセス数が上昇する。